世代を超えた業界の絆!170年の歴史を紡ぐお香の老舗企業
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大阪府
長川仁三郎商店は、安政元年(1854年)に創業、170年以上の歴史を持つお香の老舗企業だ。当初は堺で線香会社を営んでいたが、そこから分かれてお香の原料だけを扱う会社を設立した。現在の主な事業は、お香の原料の卸売とお焼香の製造販売である。
お香の歴史は1300年以上。奈良時代に日本の律宗の開祖鑑真和上が原料や調合法を日本に持ち込み伝えたといわれている。昔は身近な存在だったお葬式や法事などの仏事だが、近年では簡素化され墓じまいを行うことも増えた。そのため、日本でお香が使われる機会は減っている。しかし、実は海外では香り(インセンス)のブームにより、お香の市場は拡大しつつある。ストレス解消や心の癒しとして、また環境にやさしい空間演出としてお香が注目されつつあるのだ。
この記事では、長川仁三郎商店の8代目代表取締役として4年目となる田中剛史氏に、お香へのこだわりや今後の展開についてお話を伺った。

PROTAGONIST
田中剛史代表取締役
社長自ら現地で検品!手作業で選別!
長川仁三郎商店の主力商品はお焼香だ。仕入れた沈香を粉末や刻みにして、お香メーカーへの卸や自社製品の製造を行う。お焼香だけでも約20種類。お香の他にも入浴剤、石鹸などの自社製品を展開している。また、最近はOEM(相手先ブランド製造)の受け入れにも積極的だ。
お香の原料のほとんどは海外から仕入れているという。主にアジアが多く、沈香や白檀、漢方薬など20種類以上の原料を扱っている。
「香木の産地は限られていて、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどアジアから仕入れています。白檀はインドやインドネシア、フィジーなどですね。日本にも白檀の木自体はありますが、残念ながら香りがしないんです」(田中さん)
仕入れ先を決める際は、社長である田中さん自ら現地で香りを嗅いで品質を見極める。田中さんが認める原料のみを粉末や刻み香にして線香メーカーに卸す。また、機械で行うと香りが損なわれる原料については、昔ながらの製法で時間をかけて手作りしているという。
「仕入れた原料は毎回一つひとつすべて検品しています。おかしな香りの原料が入っていたら絶対に抜きますし、ゴミがあればピンセットで取り除きます。本物を作るために、選別はすべて手作業です。妥協はしません」(田中さん)
とはいえ、素人が原料を嗅いで良し悪しを判断できるとは思えない。それを見極める力、そして繊細な調合技術が170年の歴史ある長川仁三郎商店の強みだといえるだろう。
プログラマーからお香業界へ
安政元年(1854年)創業、堺で薬種商より線香原料販売、焼香製造販売を始めたことが長川仁三郎商店の始まりだ。明治5年(1872年)には線香の販売部門と分かれ、原料の卸業に特化した薫香舗長川商店を初代長川宗三郎が移転開業した。そして現代表取締役の田中剛史氏が8代目。田中は母方の性だ。実は、田中さんが長川仁三郎商店に入社する前はプログラマーだったそうだ。
「最初は家業を継ぐつもりはまったくなかったんですよ。コンピューターの専門学校を卒業後にプログラマーをしていました。でも、他に継ぐ人がいなくて、ええかげんな人に任せるわけにもいかないし、どこかで戻らなあかんなとは思っていました。結局プログラマーは3年で辞め、長川仁三郎商店に戻ることに決めたんです。当時27歳でした」(田中さん)
入社当初は会社の事業内容をまったく理解していなかったそうだ。子どもの頃に手伝いをした経験はあったものの、実際に入社した時は素人同然だったと振り返る。
「この業界のことは何も知りませんでした。ただ、最新の技術を扱うIT業界とは大きな差があり、江戸時代のような古い業界だなと感じました。番頭さんがお金を管理し、社長は仕事をせず集金したお金で温泉に行くような世界だったんですよ。こんな古い体制では私が引退する頃に全員いなくなってしまうと危機感を覚えました」(田中さん)
田中さんはこの閉鎖的な体制を変えるために、有給休暇の導入や勤務時間の適正化など現代的な労働環境の整備を進めた。とにかく働きやすい職場になるよう努め、若い社員の採用を積極的に行ったという。その結果、平均年齢は30歳、20代の従業員も増え若返りに成功した。現在は田中さんを含めて13人の従業員がいる。
「もちろん、古い時代のすべてを排除しているわけではないんです」とも。田中さんはお香業界の素晴らしさを誰よりも知っている。お話の中で特に印象的だったのが、お香業界の世代をこえた「たすきがけ」の関係だ。
「この業界には温かい人が本当に多い。単なる売り買いの関係ではなく、お客さんとも家族のような深い付き合いがある。うちの親父が、ある会社の息子さんに教え、その息子さんが私に教え、私がその子どもに教える。そんな強固な『たすきがけ』の関係があるんです」(田中さん)
この業界を守ることは、自分たちの暮らしを守ることにつながる。顧客や仕入れ先を大事にする。そんなコミュニティを作りたいと、田中さんはお香業界への愛着を語った。
お香ブームは歓迎!そして本物を知ってもらいたい
コロナ禍をきっかけに室内でお香を焚く習慣は増えた。しかし、本物のお香は限られたところでしか作られておらず、業界は非常に狭い。近年のブームでお香として売られている商品も、実はオイル香料や合成香料を入れただけで作られる商品も多い。しかし、田中さんはこれをお香の存在を多くの人に認知されるきっかけになると考えている。
「お香を知らなかった人がお香を使い始め、その後私たちが提供するお香は全然違うって思ってもらえると最高ですね。お客さんに『やっぱ本物の原料を使うとこんなに違うんか!とか、いや本物を知らんかったわー』といわれると、本当にうれしくなります」(田中さん)
しかし、業界全体としての課題は多い。田中さんは次のように懸念を示す。
「仏事が廃れていっていることは業界の大きな問題です。家族葬が増え、仏壇を受け継がない動きやお墓の墓じまいが増えています。お香の需要も減りました。そのため、売り上げのボリュームが減ったり、後継ぎがいなくて廃業したりする会社は多いですね」(田中さん)
そんな中、長川仁三郎商店はどう勝負するのだろうか。
打ち上げ花火のように作って消えていくようなことはしたくない
メインのお焼香は20種類。これらのお香は原料が廃盤になったり、香りが悪くなって香りを加えたり、原料費高騰により使えなくなったりしたため、昔のレシピそのままではない。伝統のレシピを大切にしながらも、手を加えてその時々で最高の調合をし「本物」を作り上げている。
「お客様には製品を長く愛用していただきたいです。そのためには、次の世代にしっかりと技術や思いを伝えられるような形作りが重要だと考えています。打ち上げ花火のように作って消えていくようなものにはしたくない。和の香りの良さを長く伝えていきたいですね」(田中さん)
最近では、品質を保ちつつ100%天然香原料でのお香製造をOEMで受け付け、外部からの参入を積極的に受け入れているという。お香業界は閉鎖的なので、以前はOEMなど考えられなかったことだという。また、より多くの人にお香の魅力を知ってもらうため、スプレー、練り香水、石鹸、入浴剤などの日用品にお香の香りを取り入れるといった新しい商品展開にも力を入れている。
海外展開も視野に!お香を通じて必要とされる企業を目指す
今後は海外市場でのOEM展開を視野にいれているそうだ。最近ではラスベガスで開催された大規模な化粧品展示会に参加。お香に興味を持つ人は多く、海外で日本の文化が受け入れられていると手応えを感じたそうだ。実際、宗教的価値観の高まりやアロマテラピーの重要性が認知され、近年のお香の海外需要は高い。寺院、教会、修道院などで儀式や儀礼の際にお香が使用されている。
田中さんに海外市場での言葉の壁について質問すると「英語はできないんです」と苦笑い。社員の中に英語で法務関連の手続きや契約書を作成できる人材がいるためスムーズに交渉できるのだそう。田中社長はインタビューの最後にこう締め括った。
「仕入れ先ともお客さんとも長年良好な関係を築いてきました。今後もこの橋渡しをするのが私の役目だと思っています。お香を通じて必要とされる企業を目指し、業界全体の継承と発展のために、これからも尽力していきたいです」(田中さん)
長川仁三郎商店は「香りの文化」の大事な部分を守りながらも新しい可能性に挑戦し続ける。まさにお香のように奥深く、そして力強い。
INFORMATION

長川仁三郎商店
『香り』は私達にとって、とても大切なものだと考えております。
お香の始まりである先祖供養であったり、大事なお客様をおもてなししたり、精神的リラックスになったり。
心の支えになれる香りを作りたいと私達は考えております。
科学技術の進歩により私達の暮らしは大きく変わりつつあります。
そして時代の流れと共に香りの必要性も様々に変化しております。
私達は『香りの文化』の大事な部分を守りつつ、原材料をしっかり見極める力を養い、時代に適応した皆様の心に残る香り作りを続けていきたいという想いをチカラに日々精進していきたく存じます。
- 創立
- 1950
- 従業員数
- -
- ホームページ
- https://www.osagawa.co.jp/
- Writer:
- GOOD JOB STORY 編集部